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(二)動物でも恩を返す話に、胸をふるわせ感動した

kagee00師が預けられたのは、和歌浦で「河清」という鮮魚問屋をいとなむ、母方の親戚でした。そのときの当主は五代・土居清五郎という人で、家にはそのご主人夫婦と、まだ小さい女の子が二人。それから先代のご主人夫婦と、遅くにできたその子息もおられました。   代々の商売を手広くやっており、もちろん当時のことですから、住み込みの使用人たちもいたわけで、かなり大きな家だったとのことです。  ただ、当代と先代の両夫婦は暖かく接してくれましたが、先代夫婦の子息にはいじめられたそうです。師より四歳上の彼は、二代大先生の表現をお借りすれば、「あまり出来がようない」人だったとのこと。対して師は、小学校に行かせてもらいつつ商売を手伝い、利発さを示しておられましたから、妬まれたのも理由のひとつでしょう。  子供ながらに精一杯気を遣っている者に対して、居候扱いをする。日々の生活のなかで、種々いやがらせの言動を示したりする。立場上、それを辛抱していくのが大変だったそうですが、現代風に、小学校の低学年生が、抑圧、プレッシャーを受けていたと考えてみれば、それに負けて崩れるか、ぐっと耐えて心を強くしていくか、その分かれ目だったことがわかります。

その間、師は小学校の修身の教科書で、生涯忘れられない感動を味わわれました。ほんの数ページにまとめられていた、ふたつの「報恩」物語で、ひとつめは狩人とその飼い犬のお話です。   山に入った狩人が、疲れたので大木の根方に座り込んで眠ろうとしたところ、犬が吠えて邪魔をする。あんまりしつこいので腹立ちのあまり、狩人は山刀で犬の首を切ってしまうのですが、その瞬間、切られた首が飛び上がって何かに食いついた。実はそれは上から狩人を呑もうとしていた大蛇だったわけで、犬が世話になってきた恩返しに、自分は殺されてでも飼い主を助けたのです。   ふたつめは昔のインドのお話で、死罪を犯した者は獅子(ライオン)に食い殺させることになっていた。そこであるとき、一人の罪人を獅子の檻に入れたところ、獅子は飛びかかるどころか、嬉しげにすりよっていく。なぜなら、以前その獅子が傷を負って苦しんでいたとき、偶然通り合わせたその男が、手当をしてやったことがあった。獅子はその恩を忘れておらず、自分の餌を男に分け与えようとさえしたので、皆が感心し、彼は放免されることになったのでした。  そして、この二話を習った師は小さな胸がふるえるほど感動し、「恩に報いる」ということの大切さを、心の底に据えられたとのことです。  それにしても、大勢の子供達が同じ教科書で勉強して、皆が皆、同等の反応を示したわけではないでしょう。ところが師は、この二話が「どうも、気になって」何度も何度も読み返し、その教科書も十五、六歳になるまで、持っておられたそうです。感受性の鋭さとともに、心の深層か、あるいはもっと奥底の「たましい」の部分に、共鳴する何かがあったためかもしれません。

ともあれ、幸せに育った利発な子供が、境遇一変を経験し、母親を助けたいという気持ちをつのらせる。一方、辛抱我慢の日々も体験させられていく。そこにこの報恩談への感動が加わって、師の心のなかで、何かが固まり始めた時期だったと言えるのではないでしょうか。  なお、先に書いたように、当代のご主人夫婦にはまだ小さい娘さん二人がおられたのですが、その上の方の女の子が、後年、師の奥様になられます。しかしそんなことは当時、ご本人たちはもちろん、周囲の誰一人として思ってもいなかったことでした。この先、師が経験させられていく人生の荒波が、その縁を結ばせるのですが、いまはまだ、苦難の前半生は始まったばかりなのです。

湯川安太郎 その人と時代

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