玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(十)「親のために」という一念が、神さまの思し召しと一致した

 実は師は、それ以前に町なかで、その神名が書かれた提灯を見かけられたことはありました。しかし、通りすがりに見ただけの神名が、なぜそのときうかんできたのでしょう。
 また、これは後日わかったことのようですが、奉公先の奥様が金光教の信者さんで、師の病気平癒を願ってくださっていたそうです。
 無論それらの事実は、人間の解釈なら「偶然」の重なりということになるのでしょうが、ここはやはり、人生の道筋の要所に配された、神さまの意思による「必然」と見るべきなのでしょう。
 ともあれ師は、天地金乃神は日本の古典に載ってる神さまではないけれど、「天地」があることは確かだし、人間がそのなかで生きているのも事実なのだから、この神さまになら頼れそうだと思われ、願う神はこの神と心を定められました。
 そして、とにかく「親を悲しませないために」という一念で、「一心にくり返し、まき返し」祈念をつづけられたのです。
 神さま。私はいま死ぬわけに行きません。親をおいて、親より先に死ぬことはできません。どうぞ、お助け下さい。子としての役前を果たすために、どうでも助けて下さい……
 するとその翌日から、まるで芋を蒸しあげるような熱で汗と湯気が出だし、へその辺りからは膿のような汗も出て、臭くてたまらなかったそうですが、何とちょうど大晦日だった六日目には、すっかり良くなってしまわれました。
 そして、人からは「無茶ですなあ」と言われながらも、「あれほどの大病を六日間で治して下さった神さま」ですから、「一を信じたら、二を信じる」という思いでお頼みして、散髪に行き風呂にも入られました。 明くる元旦を気持ちよく迎え、翌二日には商売の初売りにも出られたという、文字通り「起死回生」のおかげを頂かれのです。
 それについて師は後年、「親先祖を大切にせよ。神はこれより以上の喜びはない」という神さまに、「親の為に助けてください」と祈ったのだから、「神さまの願いと、こちらの願いが一致したわけだ。思召しに叶うた願いだ」と、繰り返し語っておられます。そしてその核心は、そこに打算や混じりけがなく、本心から親を思って願われたということではないでしょうか。

湯川安太郎 その人と時代

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