玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(十二)金は取らん。氏子を痛めては神は喜ばん。

 とはいえ、結局は教会へ行くしかなく、師はその門前でもまだ迷われましたが、遂に決心してなかに入られました。しかしそこでも先生に、「仲人口のような教えはいりません。神さまがあるかないか、あるならどんな神さまか、それをはっきり聞かせてください」と要求されました。
 そして、「ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。理屈はどないにでもつけられます」から、先生の話を、次から次へと理屈で壊していかれました。大阪弁で言うなら「負けてへんな」という対応ぶりに、先生も困られ、「あんたの考えは、だいぶ違ってるようですな」と言われたのです。
 「そしたら、どこが、どう違ってますか」
 「あんたは、自分が勝手に生まれて来て、勝手に食べて、勝手に大きうなって、勝手に働いて、勝手に生きてると思うてるのと違いますか」
 そう言われて、師はぐっと詰まりました。なぜなら、それまでそんなことは考えたことがなく、理屈を言おうにも、言いようがなかったからです。
 あんたは、自分というものを親が生んでくれたように思ってるが、親が勝手に生んだんじゃない、天地の徳を受けて生まれてきたんだ。
 大きくなったのも天地が大きくしてくれたからで、働いて食べていくことにしても、天地がそうさせてくれなかったらどうにもならん。
 誰でも、わしが生きてる、わしの生命と言うてるが、そんなものはない。天地の徳、つまり神さまのお働きによって生きてるのだ。生きさせてもらえてるのだ……

 師は後年これらの問答について、「何でもないことで負けました」と述懐され、教話のなかでは、人間には自分のものなど一つもなく、すべて天地のものを使わせてもらってるのだから、「この世は仮の世ではない。借りの世だ」とも言っておられます。その意味で、このとき教会の先生は、「何でもないこと」から始めて、本質的な面にまで教えを進められたことになるのでしょう。
 「私の大病がどうして拝んだだけで治ったのか、そこが頼りなくて疑いたくなりましたので」
 「天地がつくって下さった体だ。天地に修繕を願ったら、治してくれるのはあたりまえで、治して頂けなんだら、それこそ不思議だ」
 その説明に「なるほど!」と得心ができ、「金は取らん。氏子を痛めては神は喜ばん」という教えがあることにも心を引かれて、師は「どうやらホントの神さまらしい。一つ信心してみよう」と、心を決められたのです。明治二十四年、二十一歳の春頃のことでした。

湯川安太郎 その人と時代

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