玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(十七)気兼ねなく恩返しをさせもらいたい。結婚相手も、その思いで決められた。

三代金光様のお言葉に従い、師は塩干物の小売り行商を始められました。翌明治二十八年の年末には、二十五歳で結婚もされました。それまでに、友人から良い相手を世話しようと言われたり、商売の関係者から婿養子として店の跡継ぎにと願われたり、話はいくつもあったそうです。
 しかし師には和歌山に、ご自身のお母様とともに、恩返しをすべき親戚として、先代主人の奥様と先々代主人の老夫婦がおられます。
 その三人の世話を、家内に気兼ねする必要なく、心置きなくさせてもらいたい……。その考えによって師は、三代金光様におうかがいもして、先代主人の長女を配偶者に選ばれました。和歌浦時代に一つ屋根の下で暮らした、ひで様です。

こうして、師は信心を進めつつ商売に励み、奥様もその手助けをされる日々が始まったのですが、ここで時間をその三十一年後に移し、後年の師の感慨をお読みいただきましょう。
 「湯川安太郎信話 第十六集」巻頭、五十六歳になっておられた師の、「ある日の述懐」からの抜粋。会話の相手は、商売人時代も教会を持ってからも、苦労をともにしてこられた奥様です。

 〈なあ、有り難い、結構やなあ、私は夢みてるのやないかと思うてる。こんな大きな教会になって、今、みんなからはやかましいに言われて、夢やないかなあ。こんな事になるとは夢にも思わなんだ。それでも、私は弓張提灯を持って、朝から晩まで商売していたころから考えたら、本当に夢のように思うてる。
 始め布教した時には、家賃が九円で、あの年の暑かったこと。それから思うと、こないなろうとは自分も思わなんだし、誰も思わなんだやろな。
 「あんたに、一ぺん尋ねてみたかったんやが、どないに思う」
 「……」
 「なあ、夢やろ」
 「ほんまに夢だんな」
 「それでも、私はまだ前の事、一寸も忘れてへんのやで。弓張提灯時代の事を。折りに、それを夢に見る事さえある。忘れへんのやで」
皆、どない思うてるやろな。知っている人は「えらい事になった」と思うてるやろな。ほんとうに夢やな。これを知らなんだら罰が当たる。子供にもわからしておかにゃならん。まあ、この御恩報じに、本当の金光教、純粋の金光教を伝えたい。それが、せめてもの、御恩報じに思うている。
 『死んだと思うて欲を放して天地金乃神を助けてくれ』と神さまがおたのみになった道や。その思し召しに添うて、やらしてもらいたい。
 欲があったらいかんねん。いささかでも。死んだと思うねん。死んだ者に、欲も名も何んにもないやないか。それでないと事を為せへんねんで。
 本当の金光教が衰える、亡びるという事は絶対にない。これは神さまの立てなした道やから。どうぞ、そのお道をふみはずさんようになあ〉

湯川安太郎 その人と時代

湯川安太郎 その人と時代

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