玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

MENU

(二十一)商売も実意丁寧。「筋の通った」偏屈で、得意先を心服させていた

小魚をあぶったり、食べやすいように干物に手を加えたり、翌日の商売の用意をするため、寝るのが大体夜中の三時で、朝の八時過ぎには小売り商いに出る。師はそんな張りつめた時間の使い方で、得意先まわりをつづけられました。
 以前、第十六回で紹介したように、商売初日には貸し売りしてもらったスルメを、知り合いからもらった篭に入れて出られました。しかしそれが、これも第二十回で紹介したとおり、品物がまったく売れなくなるという「ご試験」「お試し」のときには、肩に担ぐ重たい荷になっていました。
 そして、さらに得意先が増えてからは、荷車を引いてまわられるようになったのですが、これは品物の良さや使いやすさとともに、正直で誠実な姿勢が信用された、その証拠となる変化でしょう。
 またその過程では、後年教話で「ほんまにおもしろい取り引きでした」と、お話されているようなこともありました。

訪問先の一軒、新町のお茶屋(貸し座敷業)の主人が、当初は品物を見てもくれず、「うちは決まった仕入れ先がある」「もう来ないでくれ」などと、けんもほろろに玄関払いをする。それに対して師は、「買う買わないは、そちらのご自由です。しかし私はこうやって、毎日うかがうのが仕事ですから」と、顔を出しつづけられました。
 すると、そのうち品物は見てくれだしたのですが、必ず五銭値切ってくる。一方師は師で、「品物は吟味しており、掛け値もしてませんから」と応じず、「また、お願いします」と店を出る。
 延々とそれを繰り返し、その家の仲居さんが、「主人は値切るに決まってるんだから、あなたも五銭高めに言っておいて、それで値引きすればどうですか」と、助言してくれたほどでした。しかし、やはりそうはしなかったので、遂に相手は「五銭まけとけ」を「二銭まけとけ」とまで譲歩したけれど、それでも承諾されませんでした。
 とどのつまり、大方三十回目に、「わしも偏屈で通ってるが、あんたの偏屈には負けた」と言い値で買ってくれて、以後は上得意になり、他の得意先も紹介してくれたというお話です。
 そしてこの主人は、師が教会を持たれてからは、熱心な信者さんになったとのこと。正直と誠実が土台になった、いわば「筋の通った」偏屈が、相手の心に何かを感じさせたのでしょう。

湯川安太郎 その人と時代

湯川安太郎 その人と時代

Copyright © 金光教 玉水教会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.