玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(二十四)生活のなかでの経験も信心にあてはめ、思いを深める糧(かて)にされていた。

 また、その研究的態度は自身の生活や周囲の出来事にも及び、さまざまな経験を信心に当てはめて、取るべきものを取っていかれました。
 たとえば、米のなかに脱穀する前の籾(もみ)が一粒まじっていたので、古バケツに泥を入れて育てられたことがありました。するとそれが三十九本の穂に育ち、一本の穂に大方百粒の実がなって、一粒の籾が四千粒近い米になりました。
 昔から仏教の方では、「一粒万倍」という言葉が伝えられており、これは、良いことをしても悪いことをしても、それが拡大して自分に返ってくることのたとえに使われてきました。
そして師はそれについても、「宗教家はあんなことを言って金を取るのだろう」と悪く解釈しておられたそうですが、この経験によって、「一粒万倍」という言葉が本当だと知られました。
 そこから、人生においても「悪い種をまいていては助からない」、「おかしい種をまいたら、とてもやりきれるものじゃない」と、人がめぐりを増やすことについて、思いを深められたのです。
明治時代の中頃、大阪湾で築港工事が始まり、その様子を何度も見に行かれたこともあります。ところが、当時のことですから工事の進行が遅く、三年たとうが五年たとうが、大きな石を海に沈めているばかりで、何の変化もありません。
 けれども、そうやって水面下で積まれつづけた石が次第に高くなり、とうとう九年目に海面に達して、堤防になりだしたそうです。
 この事実からも師は、信心にも土台造りが必要だが、それには時間がかかることを悟られました。そして後年の教話で、「罪が深かったら深いだけ、よっぽどしっかり入れにゃならん。それは捨て石だ。捨て石は大事だ」と言っておられます。

通っておられた教会で、お祭りのときなどの下足番を、六年間つづけられたお話もあります。そんな役を敬遠する信者さんもおり、「羽織を着て、えらそうにやってます」が、それは欲のない人のすることで、本当の欲があれば、人の嫌がる役を引き受けた方が「得」にも「徳」にもなる……
 だからもっとつづけさせてほしかったのですが、「六年しかさせてくれませんでした」とのことで、このエピソードによって、師の信心の向上ぶりが、信者仲間からも教会からも、認められだしていたことがわかります。
 ただし、それが商売に本当に織り込まれるのはまだ少し先のことで、掛け売りを始めて金繰りに困り、頼母子(会員制の互助金融)に入ってなお苦しむという、そんな時代でもあったのですが。

湯川安太郎 その人と時代

湯川安太郎 その人と時代

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