玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(二十七)犬にさえ「めぐり」がある。まして、 人間なら、なお一層のそれが

 前回では、師が大きな「めぐり」を負っているという事実を、神さまから聞かされたことを紹介しました。また神さまの教えによれば、人それぞれの肉体上の親先祖と、霊としての代々の自分自身、そのどちらもがめぐりを作ってきているとのことです。そして師はあるとき、子犬によってその実際の現れを見せられました。
 師がたまたま、かわいらしい子犬を知り合いからもらい、それを欲しがった友達に譲ったところ、しばらくしてから人力車にひかれて、右の前足を怪我しました。そこで、友達からそれを聞いた師が快癒を願われると、神さまは、「それは、めぐりだ」とおっしゃいました。
 また、飼い主の奥さんは信心の進んだ人でしたので、同じく快癒を願うと、「あの犬の親の親が人によく噛みついたので、その罪を持って生まれてきている。時を待て。おかげをやる」と、神さまから教えてもらわれたそうです。
 ところがその犬は、治るどころか、そのうち怪我をした右の前足が、曲がりだしました。そして次には、何ともないはずの左前足も曲がり、さらにはしっぽまでひかれてしまいました。

 「かわいそうだから、治してやってください」と願っているのに、逆に一層ひどい様子になったため、その痛々しい姿に、師も友達夫婦もどうなることかと思っていました。すると、そのうち右前足が元にもどり、次いで左前足もまっすぐになり、最後にしっぽも治って元気になりました。
 最初にひかれてから全部治るまでに、何カ月もかかったのですが、これによって師は、確かにめぐりというものはあるし、その取り払いには時間がかかるということを、得心されたのです。
つまり、その子犬の親の親が人によく噛みついてめぐりを作ったので、それが二代あとの子孫に現れて、二度もひかれたり、足が曲がったりすることになった。その「難儀」によって、先祖の罪を取り払ってもらったわけで、それが、願いとは逆になおさらひどくなったり、元気になるまでに時間がかかった、理由だったのです。
 そして、犬の先祖のそんな悪癖でさえ罪になって残ったのですから、勝手気ままをつづける人間は、肉体上の先祖も、霊としての自分自身も、代々どれほどのめぐりを積んできたことか。
 さらには、犬のことですから何カ月かで願いの結果が出ましたが、人間のそれを取り払ってもらい、願いをかなえていただくためには、どれだけの難儀と時間を経なければならないのか。そこを考えると、恐くもなり、「信心辛抱」という教えに、確かな根拠のあることがわかります。

湯川安太郎 その人と時代

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