玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(二十九)自分は努力してきたのに、なぜ、こんな赤字を背負うことになったのか?

 掛け売りをすると、得意先は増えるが、集金が思うようには進まない。そこで月々の支払いのため、師が頼母子(民間の互助金融)に入って失敗されたという話は、前に紹介しました。
 そしてこのとき師は、自分は本音本心では神さまに頼る心よりは、頼母子に頼る気持ちの方が強かった、つまり、「形としては神さまを拝んでても、実は頼母子を拝んでた」と気づかれ、お詫びと改まりで切り抜けられました。
 しかしそれは神さまから、掛け金の支払日には、毎月それだけの現金が用意できるようにしていただけただけで、商売自体の赤字体質は、得意先が増えれば増えるほどひどくなります。
 追い詰められた師は自宅のご神前に座り、神さまに訴えつつ、考え詰められました。
自分は真面目に奮闘してきたつもりなのに、その結果が大赤字とは、どういうことか。いったい誰が、何が、自分をこうまで苦しめているのか。
 そこを厳しく追及された結果、それは他の誰でもない自分であり、自分が自分の「腕」を頼みにしてやってきた、その姿勢が根本原因だったのではないかと、気づかれたのです。

 和歌浦の河清時代、また靱の貴田商店に奉公していたときも、師は周囲からは、商売上手の「やり手」だと評価されてきました。何事にも勉励努力する気質ですから実績もあがり、ご自身も「腕に覚え」の自負を持っておられたのでしょう。
 だから、ご神前で考え詰めて、「自分の腕に頼ってきた」姿勢に気づかれたとき、師は合点がいかない気持ちで、こうも思われました。
 自分の腕に頼ってきたこと。それがいまの窮状の原因だったようだとはいえ、商売人が腕をふるうのは当然のことではないか。それが駄目だというのなら、どうしろというのだろう……
 するとその疑問に対して神さまが、「世間で天職と言うではないか」という一言をくださいました。

湯川安太郎 その人と時代

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