玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(三十二)奉公人になりきれば、神さまも、ちゃんと段取りしてくださる

 一方、師はその当時からすでに、友人や知り合いから、生活や商売の相談を受けておられました。神さまから、誰それを助けてやってくれと頼まれたことも、何度もあります。
 そこで、「神さまはご主人で、自分は奉公人」という境地に達してからは、それらの人びとにもその生き方を伝えられました。たとえば、大変な借金を背負ったお茶屋(貸し座敷業)のおかみさんには、こう言っておられます。
 「もうこんなものは返そうとは思いなはんな。あんたにそんな気のきいた力はない。お詫びして神さまにお願いして、払っていただきなさい。私の至らんためにこういうことをいたしました。しかし私には払う力がございませんから、どうぞ払うていただけますようおかげ下さいと、こう願うねん。そして世帯も商売もすっかり神さまに返してしまって、自分は奉公人になったらいい」
 その教えを守って努力した結果、おかみさんは三年で借金を返せたということです。
また、玉水教会を開設してからも、商売がうまく行かず、借金が増えて困っている信者さんには、必ずそのやり方を教えられました。
 商売の世界における主人と奉公人。その関係のなかで、自分をゼロにすること。これを師は「あてはめ」を超えて、神さまと人間の関係そのものだと実感し、確信されていたからでしょう。

一例として、紙箱を製造販売していた信者さんのお話があります。この人は金繰りが悪くなり、材料を仕入れに行く紙問屋さん数軒に借金が増えたため、顔を出しにくくなってしまいました。
だから、肝心の仕事もできなくなったのですが、それに対して師は、紙箱屋の主人は自分だと思っているから、体裁が悪いとか、催促されたら困るとか、思うようになるのだと指摘されました。
 ご主人は神さまで、自分は奉公人なんだから、仕入れに行くのは奉公人の役目ではないか。神さまに、「都合良く仕入れができますように」とお願いすれば心配ない。とにかく行ってきなさい。
そう言われて渋々出かけたところ、意外なことに、一番借金の多い問屋さんが、紙をまわしてくれました。それがきっかけになり、奉公人になったつもりで仕事に励んだ結果、金繰りが次第に良くなって、借金も返せたということです。
その間、こんなこともありました。まだ小遣い銭にも困っていた時期ですが、ついつい信心友達に借りに行ったところ、「ご主人(神さま)が借りてこいとおっしゃったのか。それとも、奉公人が勝手に借りに来たのか」と言われたのです。
そこで、自分の心得違いをおわびし、小遣い銭を授けてくださいと神さまにお願いしていたところ、突然入ってきた客が、売れ残ってほこりをかぶっていた紙箱を買ってくれて、それで当座の小遣い銭ができたという事実談です。
神さまはご主人で、自分は奉公人。この思いに徹すると、神さまの方も、ちゃんと段取りをつけてくださるということでしょう。
  

湯川安太郎 その人と時代

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