玉水教会初代大先生70年祭奉迎記念Site

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(三十三)時間も商売も忘れて、知り合いの相談に乗っておられた

前回は、師が遂に、「神さまはご主人。自分は奉公人」という境地になられたことを紹介しました。けれども、まだその回心には至ってない時代には、三代金光様に、金繰りの悪さについて相談されたこともありました。そして金光様から、
「この商売を継続しようと思ったら、商売一心になりなさい。追々におかげ蒙ります」
 という、お言葉をいただかれました。
 しかしその教えが、守ろうとしても守れません。困っている人を見ると放っておけず、行商の途中でも相談に乗ったり、神さまの教えを伝えたり、時間を忘れ、商売も忘れてしまうからでした。
 信心友達が教会へ参る途中、どこかの家の表に師の商売の荷物が置いてある。
 「ああ。またここで、お話してはるねんなあ」と思い、参り終えて帰ってくると、まだ荷物が置かれたままになっている。「またあんた、こんな事してなはる言うて、怒ったこともおます」という、回顧談が残っているほどです。
また、商売上の支払いができず追い詰められている知人を、助けたことも何度もありました。
そんな人が気の毒でならず、「自分の節期の払いのために都合してきた五十円の金を、ソックリ渡してしまい、肝心、自分の払いが出来なくなってしまった」りもしたそうです。
 ただし、「そういう行いが人の信用を増すことになり、支払いが遅れたからとて、催促を受けたことはなかった」とのことですが、それにしても、通り一遍の同情や義侠心では、できないことだと思われます。
 そして、それらについては師も後年、「三年間、非常に困った。丸三年間、それで苦しみました。よほど苦しかった」と言っておられます。もちろんこれは、人を助けることが苦しかったのではなく、商売一心になれなかったことがです。

湯川安太郎 その人と時代

湯川安太郎 その人と時代

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